ヨーガ・スートラで内観
ヨーガ・スートラの一章の2文から内観する機会がありました。

パタンジャリ大師が言いました。
「さぁ!これよりヨーガの解説をしよう!」
シャンカラ大師が付け加えました。
「ヨーガとは、三昧(サマーディ)である。」

「ヨーガとは、心素の動きを止滅することである。」

揺れる心。観るものと観られるものを混同して、ゆれる。
客観視する。

内観で気づいたことをシェアする相手が
1年前にもシェアした相手だった。笑
まるで1年の経過報告をするようだ。

彼女は、見ていてもすごい変化している。
初めて会ったときは、すぐにでも消えそうだったのに。
声も小さくて。でも今は、きっちりと、今、そこにいる、
感覚が強くなっている感じを受けた。

そう思ったことを伝えた。
すっごい笑顔だった。嬉しい。

人間が成長するスピードってすごい。
1年の醍醐味を感じた。

1年前、そーいえば、このブログを初めて、
いつの間にか1年続いてた。
早いなぁぁ。すっごい前な気もするし。

この1年で自分の中で大きくシフトしたポイントは、
「執着する心」だ。
自分の思い入れが強いもの、大切なもの、
自分にとって特別なもの。
それらに執着することで、心が揺れることが多かった1年前。

今は、ケロッとしている自分に驚く。
時に針が触れるように、そういう心がでるときももちろん!ある。笑
でも、出所を知ったとき、認知したとき、
「お!なってるなってる」と気づくことができる。
これってすっごく違う。出所を知るってこと。

「ヨーガをする目的と手段が明確に示されない限り、
何人もヨーガの理解と行を行うことはできない」
シャンカラ大師は言いました。

ヨガを始めた頃、なぜか、毎週足を運んでしまう
自分がいました。なぜか行ってしまう。
あれから8年。そろそろ9年。

ヨーガの目的を意識し始めてヨガをしはじめたのは、ここ3、4年。
最初の6年と、この3、4年のスピード感をとっても感じる。

周りにいてるヨガ暦2,30年というツワモノ先輩達から
観たら、ひよっこの私が、こんなことを書いたら笑われるかもしれないけど、
ちょっとだけ、ほーーんのちょっとだけ、先にはじめたかも
しれないヨギニとヨギーに少しだけ老婆心をお届け。

ちゃーんと考えていらっしゃる方もたくさんいらっしゃると思います。
これがもっと明確になる工程が、きっとヨーガの奥深さ、
面白さを知り、そして、自分のことが、大好きに、
身も心も身軽に、自由になんじゃないかなぁと思います。
自分の中にある自分の教師の声に耳を傾けれる、そんな感じです。
私の感覚は。

「なぜ、あなたはヨーガをしてるんでしょうか?」
「あなたって、何者ですか?」
「どうして、ヨーガに惹かれるのでしょう?」

私もまだまだまだまだ。
イコール、まだまだまだま成長するってことだ。にま。
一歩ずつ、一歩ずつ、がんばるでぇぇぇ!!!笑

このようなことを考える機会を与えてくれた
すべての人に感謝。

ナマステ


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by doyoga | 2006-03-04 21:57 | yoga
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